2006年09月18日

涙(暗め)

ずいぶん前、ひいおばあちゃんが亡くなった。

僕の記憶にある、父の泣いた姿は、このときが初めてだった。

「お父さんも、泣くことってあるんだな」と、妙にビックリしたのを覚えてる。

父親って、少なくともうちの場合、およそ苦しみとか辛さとは無縁だと思ってた。

そんな小学3年の僕だった。



だからか、何年かして、

父方の母、つまり僕の祖母が亡くなったときには

棺に最期のお別れをする間際、父の姿を見ないようにしていた。

本当に無意識に。

でも、何の気無しに伺ってしまった父は、やはりクシャクシャの涙顔だった。


僕は泣かなかった。

泣かないように頑張った。そんな自分がちょっと誇らしげだった。




3度目に父の泣いた姿を見たのは、闘病中の食卓だった。

他愛ないことでピリピリしてしまう我が家は、まさに患者を支える家族の姿だった。


食事のことでちょっとした言い合い。

何のことはない。「古いのから食べろ」そんな内容だった。


突然、父が、持っていたコンビニのおむすびを置いた。


「ごめんな、俺がこんなになったばっかりに。」

絞りだすように、父がそう言った。


「…頼むから、ケンカするなよ。ごめんよ。」

最後は声にならない涙。



僕は、なんで泣くわけ?別にケンカしてるわけじゃないし、と黙って食べ続ける。

見たくなければ病院に帰れば?と。


明らかに何かがおかしくなっていた。




父が亡くなったとき、葬儀の最中は涙が出なかった。


でも、

棺に向かっての、最期の「お別れ」の瞬間、

押し殺した声と一緒に、止まらない涙。



ああ、そうか。

人前で泣くのは、弱いことでも恥ずかしいことでもないんだ。


どうしようもない感情を、

自分の裸のままの感情を、

誰かに伝えられることなんだね。


父の闘病中、ずっと耐えてきた涙が、後から後から溢れた。



あのとき、食卓での涙に、

まっすぐに応えてあげられなくて、ごめんね。


ホントは違うんだよ。


心の中で、そう思ってた。



今でも。
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posted by 某・勘違い at 22:15| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人って本当に不思議ですよね。
優しくしたいのに冷たくしてしまったり…
気持ちを素直に表せなかったり。
妙に客観的に考えてしまったり。

俺はまだ人前で泣いたことはないんですが、泣きたいこと、泣ければ楽かな?ってことは多々あります。

たいてい、男の涙って余程のことがないと出ない。
だからこそ物凄い「何か」が心の中にあるんだと感じられるようになりたいです。
男の泣く姿はただただ何かを伝えています。

男同士だからこそ、解ることなんでしょうね。
Posted by みみぞう at 2006年09月19日 09:23
泣かせなぃで下さぃょ(p´Д`q)*。.゜+
Posted by ぉばか(*・v・`) at 2006年09月19日 14:16
私は涙もろいです。
他人の悲しみにもすぐ反応しちゃう。

だから、今も頬には涙が・・・

前頭葉の働きでもらい泣きするらしいですよ
医学的には(笑)

私も父の闘病生活を見た一人です。
父の人生は幸せだったと思います。

母と出会って、昔では珍しい大恋愛をして
最期の5ヶ月を病院で二人暮らし
まるで新婚さんみたいに

台所が付いている病室だったから
好きなものを作ってもらって食べさせてもらって・・・
 
最期の瞬間、四人の子どもと母に囲まれて
父は最後に母の名を呼んで逝きました。

母を残して逝くのはどんなに辛かった事でしょう。

65歳の誕生日から一ヶ月も過ぎていませんでした。

人生で初めて愛別離苦を知った日でした。
Posted by terumihime at 2006年09月19日 23:15
>みみぞうさん
気持ちを素直に表せなかったりする伝えられなかったり、確かによくありますよね。
普段の感情さえそうなんですから、ましてやそれを曲などの、他の形で表すことの難しさと言ったら…。

だけど、本当に伝えたい気持ちを、一所懸命に「込める」ことだけならできるって、今は思うんですよね。
Posted by 滝沢 at 2006年09月21日 10:12
>ぉばか(*・v・`)さん
泣かせちゃってスミマセン。
その涙が、うれしいですよ。

涙は裸のままの感情ですからね☆
Posted by 滝沢 at 2006年09月21日 10:15
>terumihimeさん
病人の看護の形がよく議論されますが、「台所がついている病院で一緒に暮らせる」、そんな病院もあるんですね。
本当は、人生のうちで一番お互いが必要としているときなのに、実際には「患者「と「その家族」というくくりで分けられてしまうことが多いですから。

確かに患者にとって、必要なのは治療だったり「医学的な」専門知識だったりなんでしょうが、家族が一緒にいられる時間・家族の愛情も必要だと思うんですよ。
それこそ最も大切にするべきことだと、僕は思うんですよ。

亡くなられたことは辛いことに変わりはないですが、terumihimeさんのお父様は、愛情に包まれた最期だったのでしょうね。
Posted by 滝沢 at 2006年09月21日 10:33
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